自由気ままに 〜山、旅、心〜

山登りの記録や、旅の記録、日常生活の中で感じたことをのほほんと綴るブログ

錫杖岳 烏帽子岩前衛フェース三ルンゼ

今日というこの日を楽しみにしていた。これまでの岩登りの練習の成果を試す絶好のチャンスだ。天気だけが気がかりで、今週は毎日のように天気予報をチェックした。結果は見事に「曇り時々晴れ」。カンカン照りではない、絶好のクライミング日和になった。だが、あんな結末になるとは、この時はまだ予想だにしていなかった。

 

土曜日の午後3時過ぎに出発。参加者はベテランSさんと私の2名。目指すは新穂高の湯駐車場だ。途中、道の駅「宙ドーム神岡」にて早めの夕食を摂る。駐車場に着いて、すぐさま新穂高の湯で入浴し、駐車場横にテントを張る。決戦は明日。ワクワクする気持ちを抑え、眠りにつく。

 

4時起床。テントをたたみ、荷物を整理して出発する。クライミングの装備は意外と重く、10kg程度の荷物になったのではなかろうか。4時40分に駐車場発。良い天気だ。ここから岩登りのスタート地点までは、登山道を2時間強歩かねばならない。

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笠ヶ岳登山口で登山届を提出し、薄暗い樹林帯の中を歩く。鳥の鳴き声が響き渡る早朝の森は、何とも言えない雰囲気があって好きだ。だが、身体がまだ完全に目覚めていないため、早朝に運動すると気持ち悪くなる。でも、我慢して進むしかない。5時25分。クリヤ谷を渡る。ここは、増水すると渡れなくなるため、厄介だ。

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しばらく進むと錫杖岳の烏帽子岩が前方に見えてくる。まさに岩の殿堂だ。なぜ、あんな上にあんな岩場が形成されたのであろうか。地球の神秘である。

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5時50分。笠ヶ岳へ向かう登山道と錫杖岳へ向かう登山道の分岐を通過。すぐ先にある、巨岩がゴロゴロした谷でしばらく休止し、エネルギー補給する。付近にはテントが数張りあった。しばらくここに篭っているクライマー達のものであろう。6時20分に再度歩き始める。ここから先は急な登山道となる。ここまでの登山道も岩がゴロゴロしていて歩きづらかったが、ここからはさらに歩きづらい。枝につかまりながら登る。アプローチだけでかなり体力を消耗した。

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6時55分。烏帽子岩の真下まで来た。一ルンゼルートや中央壁ルートには先行隊がいた。薮の中を進み、三ルンゼのスタート地点へ。7時10分である。先行隊はいないようである。見上げるとこの景色。アプローチで消耗してはいたが、「登ってやるぞ」と闘志が湧いてくる。

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反対側にはそびえ立つ穂高連峰

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ライミングシューズに履き替え、ハーネス類を装着する。ヌンチャク、アブミ、ハンマー、腰回りが賑やかだ。7時40分。登攀を開始する。スタート地点まではフリーで登る。第一ピッチはベテランSさんがトップだ。だが、スタートが意外と難しい。正面にはチョックストン。ここは登れないと判断したSさんは、右側の岩に進路を変更する。岩の上に上がれば、その先はどんどん行けるようだ。落石に注意しながら、ロープをどんどん繰り出す。

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Sさんが1ピッチ登り切り、いよいよ次は私の番だ。Sさんが登った後を追うように登ろうとする。だが、取り付いてみると、思うように手がかりや足がかりが見つからない。ちょっと焦る。手をかけようとしても、しっかり掴めない。しかも、背負っているザックが、体を岩から引き剥がそうとする。完全にパニックになってしまった。ここを上がれないなんて。何を思ったか、チョックストンの方を登ろうとする。途中までは行けるが、その先の手がかりがない。結局ここも無理だと引き返す。ベテランSさんに、苦戦していることを伝える。するとSさん「アブミを出してみては」と言う。右側の岩に打ち込まれたハーケンにアブミをかけ、登ろうとするが、その上に良い手がかりがない。最上段まで足をかけたのに、手がかりがないせいで、振り落とされてしまい、小さく墜落した。知らない間に右手薬指が切れて流血していた。その後も何度も足掻くが、その度に筋肉が弱っていく。どうにもこうにもならず、ついにギブアップを宣言した。

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Sさんの指示で、始点に戻りセルフビレイを取る。2本のメインロープを外し、Sさんがロープを引き上げる。私が登れなかったため、Sさんはここを懸垂で降りてくる羽目になったのだ。しかも、ヌンチャクを回収しながら。Sさんが降りてくる際、小さな落石が何個も飛んできた。自然の岩場では、一瞬たりとも気が抜けない。懸垂で降りるSさんを待っていた間、心の中はモヤモヤでいっぱいだった。はるばるここまで来たのに、まさか最初で無念のギブアップになるとは。ものすごい敗北感である。悔しい。本当に悔しい。だが、登れなかった原因は、自分の実力不足、ただそれだけだ。

 

降りてきたSさん。仕方ないなという表情。せっかくここに来たのだから、ここで帰るのは勿体無い。そこで、隣のより易しいルート(二・三間リッジルート)で練習することにした。ここでも、Sさんがトップを行く。GOサインが出て、登り始める。先ほどの場所と比べると確かに易しい。だが、落ちると痛い目に遭うという恐怖心が半端ではない。自然の岩場は、ゲレンデとは比べ物にならないほど緊張感があるのだ。確実に手がかり、足がかりを見つけ、3点支持で確実に一歩一歩登っていく。なんとか無事Sさんのいる場所まで辿りつくことができた。狭い場所だが、すかさずセルフビレイを取る。下を見るとこの景色。険しいねえ。

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ここからもう1ピッチ登る。今度もSさんがトップだ。薮がやや濃い。潅木の枝に支点を取っている。GOサインで私が登る。今度もそれほど難易度は高くない。だが、乾いた脆い土の上に足を置いて、体重をかけると土が崩壊し、体勢を崩した箇所があった。本当にしっかりした手がかり、足がかりなのか、十二分に確かめる必要がありそうだ。

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なんとか最後まで辿り着くことができた。二ルンゼとの合流点だ。上を見上げるとこの景色。ザックを降ろし、少し休む。ザックは落とさないように、カラビナでロープに掛けておいた。時刻は11時前。これ以上登ると帰りが遅くなる。ここから二ルンゼを懸垂下降で降りることに決めた。

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出だしはゆるい斜度でそんなに難しくない。赤のロープを折り返して短い1ピッチ目を降りる。

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2ピッチ目は長く、垂直の岩壁を降りるため、かなりの高度感がある。2本のロープを勢いよく宙に投げ落とす。

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Sさんが先に降りる。さすがはベテラン、安定感がある。ロープ回収時に、結び目がすぐ下にある岩に引っかかりそうなことにSさんが気づき、岩の下まで降りたら、結び目を岩の下まで移動させろと言う。

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セルフビレイのデイジーチェーンを目一杯伸ばして、崖の際に近づいてみる。落石を起こさないように注意しながら。下を見るとこんな所であった。

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SさんがOKサインを出し、いよいよ私が下る。ルベルソだけでは、途中止まって両手で作業できないため、バックアップを取る。Sさんに言われた通り、岩の下でロープをずらし、結び目を岩の下まで移動させる。そこから先が垂直の岩壁だ。懸垂下降自体はもう慣れてきた。右手でバックアップを軽くつかみ、左手でロープを掴んでルベルソのブレーキを調節する。だが、ロープが岩で擦れて切断される恐怖が脳裏をよぎる。できるだけ左右にブレないように、一歩一歩確実に降りる。途中で、岩壁の向きが変わる。バランスを崩すと岩の裂け目に挟まれそうになる。自然の岩場では、懸垂下降もスリリングなのだ。なんとか下まで降りることができた。ロープの回収も、幸い問題なくできた。結び目がどこかに引っかかったら非常に厄介である。引っかかるリスクを下げるため、止まらずにロープを引き続ける必要がある。

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最後の1ピッチはこれまた短い。今度は緑のロープを折り返して降りる。全く問題なく降りることができた。Sさんが続く。

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降りきって、上を振り返る。巨大な岩壁、烏帽子岩。いつか必ずリベンジしに来るぞ。

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もう12時を回っていた。装備を体から外し、荷物を整理する。エネルギーを補給してから下山を開始する。疲れた体に急傾斜の斜面は辛い。Sさんについていくのがやっとである。途中、ゼンテイカニッコウキスゲ)が一輪咲いていた。確か、朝通った時はまだ蕾であったのに。疲れた体と心を癒してくれる。14時15分。無事に下山終了。新穂高の湯で汗を流す。墜落したせいで、薬指の他に、二の腕や膝も怪我していた。身も心もボロボロとはまさにこのことを言うのであろう。

 

今回は、これまでにない敗北感を味わった。岩登りは実力勝負なのだ。特訓を重ね、いつの日か必ずここを突破してやりたい。